黒いダイヤモンドを求めて・・・


「ゲンさん、おはやようございます。」                          私は朝4時半に起き、5時に港に来た。
ゲンさんは 「おう!おはよう!」と相変わらずである。                        朝からテンションが高くて、こちらが当惑する。
ゲンさんの船は地元でも標準的な4トンのプラスチック船だ。
玄宝丸という墨字がかすれかけて味を出している。

ドウゥゥゥーン!
猛々しいゲンさんに似たエンジン音とともに、船は黒雲を吐く。
その重油の焼けた匂いが、潮風に乗って私のところへと届く。
それに少しむせた私に、ゲンさんの厳しい視線が走る。
昨日の優しいゲンさんは、出航前から既に、
険しいハンターの顔をしている。
「船酔いしても帰らねぇしてな!」とゲキにも似た言葉に
「お、お願いします。」と緊張してしまった。
走り出して数分、どこまで走るのか?という疑問が私を襲う。

    ドドドド 「ゲン・さーん!」 ドドドド「どこに走って、」
       ドドドド
「るんですか?」ドドドド
 ドドドド
「そぉーめーだぁ!」

後で聞いたが、海には「潮目」というものがあるのだという。
津軽海峡は太平洋と日本海の干満差分の海水が行ったり来たりする。
それは大河のようだ。
そして、海峡の中心は河の本流で、沿岸とは、波や流れが違う為、
そこには境目がある。その境目を潮目と言って、
回遊魚はその辺が好漁場になる、
更に大間町には昨日、聞いた弁天島が海峡の流れを受けて
流れを複雑にしている。そこもまた好漁場になってる為、
潮目と弁天島を結ぶラインは重要地点であるらしい。

いい凪だと思っていたが、進む先は突然、荒々しい波が
驚くほどハッキリと境界を分けている。
手前は青い凪の海、向こうは紺色の荒れた海。

これが潮目なのだ!

よーく見ると漁船があちこちにいる。
更によーく見ると、波間には、他にも数多くの船がいるではないか。

ゲンさんの到着を知った仲間の漁船から、無線が入り、
ゲンさんは何やら笑顔で話しをしていたが、
デッキに現れたその瞬間、笑顔は消え、ゲンさんが大きく見えた。
ゲンさんは何も言わず、イケスから生きたイカをすくい上げ、
仕掛けの針をひっかけて荒海に放り出した。
船の走るスピードに合わせ、糸がスルスルと出ていく。
2〜30mも出てから、その手に握りしめ、舵を取った。
走りながらも、周辺をくまなくキョロキョロ見回すゲンさん。                     

「仕掛けは切れたりしないんですか?」と聞いた。
「切れる事もあるさ」と声だけは私に向けてくれる。
今日は8プンのテグスで標準的な仕掛けだという。
「8プンって何ですか?」
「フンは、糸の太さ ・ ・ ・ 10号で1プンだ。」
「5フンでも釣らいね事もねぇけど、切れだら、それで終わりだして・・・」
「・・・・・・」

 

「エサの活イカはいつも準備してるんですか?」
「お前さんが寝ている夕べに釣ってきたもんだ。」
そう語るゲンさんの潮で焼けた赤オニの様な顔。
それで気付かなかったが真っ赤に寝不足の目は充血している。
その厳しい生き様に私は震えた。

少し失礼かな?とも思ったが、巻き網やトロール船という
大量に獲れる漁法があるのに、と思った私は
「なぜ一本釣りなんですか?」と聞いてみた。
私は、(昔から〜)という答えを一瞬予想したが、
ゲンさんは私の心を見透かしていた。

「ただ獲れと言われたら網で獲るのは簡単だべさ。
マグロをいかに傷つけずに鮮度を良ぐして獲るかを突き詰めれば、
コレになる」更に続けて言う。
「仕掛けも複雑だば、負担が掛かる箇所が増え、
切れやすぐなるし、マグロ獲るんだら

一本釣りが最高だべ!

 

「腹、減ってるが?」と、ゲンさんは舵をとりながら、
アルミホイルに包んだ、おにぎりを私にくれた。
その間、色々と語ってくれる。

「昔だとテグスは3日〜1週間で海の塩っ気でダメになる。
だから毎度、交換していたが、今だばPEって糸を使ったり、
テグスにはナイロンとカーボンの合成素材を使ったりと
最先端のものが投入されてる。わしぁ、年寄りだから詳しくないんだが、
仲間が色々とそういうイイモノがあると情報をくれる。」

「釣針も昔は5寸釘から自作した、今は市販品もイイモノが多くて、
チェックして、オリジナルの仕掛けを各自で持っとる。
基本的には同じだが、素材等での違いは大きい。
そっから、更に一人で手を加え、家族にも内緒で
試行錯誤を繰り返している。じゃから、細かい仕掛けは、
親子でも教えられん。それほど奥深いんじゃ。」

ゲンさんは相変わらず目だけは辺りを見回している。
その理由もやっと解った。
「マグロは不思議な魚だ。腹が減ってても何日も食わない時もある。
そんた時は釣れない。釣るのはマグロが口を使ってる時だ。
だして魚の跳ねるのを探したり、鳥の様子にはいつも気を付けでいねばダメさ」

確かにカモメが飛んでいる。それは海を見つめているようだ。
そして、カモメが、あわただしく旋回した。
ゲンさんが仕掛けをたぐり、仕掛けをあげ、エサのイカを捨てた。

ドゴヴゥゥゥーン!

突然、玄宝丸が揺れ、唸りをあげて加速したかと思うと、
ボロだと思った船は紺碧の海を、うち砕き、予想もしないパワーで、
荒波をソーダ水のように変えながら、急旋回したのだ。
この異常事態に私の心も揺れる。
なぜなら周辺の船も、ゲンさんの船を合図にしたように、
次々と轟音と黒煙をあげ、旋回し、加速する。
さながら合戦場の様相を呈す。

「何か様子が違う。ゲンさんはきっと何かを見つけたんだ」と。


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